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名 称 |
所在地
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特 徴
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静明寺 |
材木町28-18 |
日蓮宗に属し、守長山と号する。開山は慶長17年(1612)日術上人による。はじめ八坂の付近にあったが、享保9年(1724)8代目日修の時、現在の場所に移った。文豪秋声を生み出した徳田家代々の菩提寺として知られる。 |
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徳田秋声墓碑 |
材木町28-18 静明寺境内 |
昭和57年に建立された。墓碑は静明寺の境内にあり、井上靖の字で「徳田秋声墓碑」と刻まれている。 |
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静明寺樹林 |
材木町28-18 |
卯辰山の緑と浅野川の清流を背景に、ケヤキ、エノキなどの高木やツツジ、ツバキなどの低木約400本の樹林。眼下に見下ろすいらかの輝きとともに、趣のある風景を映し出す。 |
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大久保邸 |
材木町15-38 |
加賀八家・横山氏の陪臣屋敷である。門、土塀、建物のバランスがとれた外観のシルエットが、往時の特徴を残している。 |
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徳田秋声生家跡 |
横山町5-9 |
文豪徳田秋声(本名・末雄)の父は横山家に仕えた士族であった。生家のあった地には木の立て札だけが立っている。 |
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橋場町商店街 |
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金沢の人情とイメージを大切に維持し、良質な商品と温かい接客をモットーに努力を続けている商店街である。 |
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長田邸 |
橋場5-10 |
昭和5年に建てられた、中廊下型改良住宅。2階正面に見えるステンドグラスや手すりのデザインが目を引く。 |
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善福寺 |
橋場町8-6 |
文安2年(1445)に開創された真宗大谷派の寺院である。慶長6年(1601)に現在地に移転した。 |
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旧東外惣構堀 |
橋場町6-1先 市道縁 |
慶長15年(1610)に3代藩主・前田利常が篠原出羽守一孝に命じて掘らせた金沢城の外堀で城の東側にある。当時は長さが約1,400メートルあったとされている。源太郎川と重なる。
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源太郎川 |
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金沢大学医学部の北西側周辺から流れ出る自然の川。宝円寺と紫錦台中学校との間をえぐるように流れ、あたり一帯は都市と思えない程の趣が感じられる。水音が轟くように聞こえたことから、付近の町が「百々女木(どどめき)町」と名付けられた。 |
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北国湯 |
材木町4-3 |
こじんまりとした雰囲気。浴槽は泡風呂と深湯があり、浴室の天井は奥に向けて高くなっているため、全体的に広く感じる。 |
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光誓寺 |
兼六元町11-35 |
真宗大谷派に属する。明治22年現在地に移った。 |
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越村邸 |
兼六元町9-33 |
越村邸は、藩政期の直臣平氏・山森氏の屋敷で、敷地の周囲には長い土塀がめぐらされている。大きな妻屋根が堂々とした雰囲気を醸し出している。 |
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兼六大通り振興会 |
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商店街は兼六交差点から横山町バス停までの大通りに位置し、個性あふれる店舗が並ぶ。兼六園に近い立地条件を生かして、にぎわい創出に努める。 |
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廣瀬印房 |
兼六元町1-14 |
創業明治7年(1874)以来、実印、銀行印、認印などそれぞれ吟味された材料で丹精して作っている老舗店。 |
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賢坂辻 |
扇町〜横山町 |
久保市乙剣宮と椿原神社の氏子の地境であり、また丘陵地の先端でもあることから昔は「剣先が辻」と呼んでいたが、明治4年に賢坂辻と改められた。 |
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みろく温泉元湯 |
横山町2-24 |
コーヒー色のお湯が特徴。ジェットバス、泡風呂、サウナが用意されている。 |
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田井用水 |
田井町 |
本来は農業用水であったが、今では町中を流れる。 |
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桜湯 |
桜町24-38 |
浴槽から窓越しに中庭が見えて、心が安らぐ。超音波風呂、気泡風呂、無料スチームサウナなどがある。 |
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水除地蔵尊 |
桜町19-2 |
大正初期の大洪水で、小川に流れ着いていた地蔵を、住民が拾い上げてお守りするようになったのが始まり。毎年8月に地蔵祭りが営まれる。 |