| |
名 称 |
所在地
|
特 徴
|
| ● |
卯辰山寺院群 |
東山 |
東山1、2丁目と山の上町にまたがる地域には、約50の寺院が散在している。加賀藩3代藩主前田利常が行った城下町大改修の際に集められたもので、寺院をつなぐ道路は細く入り組み、歴史的風情を感じさせる。 |
| ● |
西養寺 |
東山2-11-35 |
天台宗の寺院。当初は越中府中にあった。慶長17年(1612)に加賀藩2代藩主前田利長に従い現在地に移った。 |
| ● |
西養寺樹林 |
東山2-11-35 |
歩くほどに、新緑や紅葉など、四季の移ろいと自然の美しさを満喫できる。金沢市の伝統環境保存区域に指定されている。 |
| ● |
蓮昌寺 |
東山2-11-23 |
日蓮宗。前田家三代藩主利常の生母、寿福院の祈祷所。金沢三大仏の一つである丈六の釈迦如来立像を安置する。当山は、泉鏡花の小説『綏縷新草』の舞台としても知られる。 |
| ● |
蓮昌寺の保存樹林 |
東山2-11-23 |
金沢三大仏のひとつ、丈六の釈迦如来像が安置されている蓮昌寺には、エノキやモミなど、2000本以上の樹林が広がっている。 |
| ● |
全性寺 |
東山2-18-10 |
日蓮宗。越中放生津に日仁が創建。天明6年(1786)に現在地に移った。不動明王は10代藩主重教の生母が安産祈願のため寄進したもの。別名赤門寺、大わらじが掛かった朱塗りの仁王門がひときわ目立つ。 |
| ● |
誓願寺 |
東山2-19-21 |
浄土宗。寛永13年(1636)蓮誉寿光が六枚町に創建。寛文10年(1670)、二代清玄の時に現在地に移転。師弟相承の開運弁財天や苦行釈迦像、観世音、釈迦涅槃像を祀る。 |
| ● |
誓願寺の延命地蔵尊 |
東山2-19-21 |
右手に錫杖、左手に宝珠を持つ。毎年8月24日には、寺による地蔵供養のおつとめがある。 |
| ● |
本光寺 |
東山2-19-43 |
法華宗。京都本能寺の開基日隆が生地である越中浅井島村に本寺を創建したといわれる。のち三代藩主前田利常に請い、慶安3年(1650)、現在地に堂宇を建立した。 |
| ● |
中村歌右衛門の碑 |
東山2-25-73 真成寺境内 |
中村歌右衛門(1714〜1791)は江戸中期の京阪を代表する名優で、宮腰(金石)の出身。悪人を演じては天下無類であった。この碑は真成寺の境内に文政6年(1823)に建てられたもので、歌右衛門の略歴や功績が刻まれている。 |
| ● |
宮崎友禅斎顕彰碑 |
東山2-25-72 龍国寺境内 |
龍国寺に加賀友禅の祖として知られる宮崎友禅斎の碑がある。大きな自然石には友禅斎が詠んだ「京の事 また口へ出る 余寒かな」の句が記されている。 |
| ● |
龍国寺 |
東山2-25-72 |
曹洞宗。慶安3年(1650)僧養伝が公儀町に建立し宝円寺の門末寺とした。金沢の代表的な伝統工芸加賀友禅の開祖、宮崎友禅斎の句碑および墓がある。 |
| ● |
友禅堂茶室 |
東山2-25-72 龍国寺境内 |
加賀友禅の祖・宮崎友禅斎ゆかりの龍国寺にある四畳半台目の茶室。畳は京間。露地の飛石、灯籠なども風情を感じさせる。 |
| ● |
龍国寺の樹林 |
東山2-25-72 |
ケヤキやスギ、タブなどがうっそうと茂る。赤い鳥居と深緑とのコントラストも美しく、ノスタルジックな雰囲気。 |
| ● |
月心寺 |
山の上町1-43 |
曹洞宗。開創は慶安3年(1650)、傑外雲英和尚による。金沢の茶道の祖と言われる仙叟宗室の墓がある。毎月23日の命日には、茶室・暁雲亭で茶会が行われている。 |
| ● |
心蓮社 |
山の上町4-11 |
浄土宗。京都清浄華院35世心蓮社休誉(能登の長連龍の弟)が慶長17年(1612)、塩屋町に創建。寛永14年(1637)現在地に移る。寺宝の国重文阿弥陀三尊来迎図は、わが子を夫に殺されたとの誤報を聞いて失明した女性が、この阿弥陀にすがって視力を取り戻したと伝えられ「目開きの阿弥陀」とも呼ばれる。 |
| ● |
心蓮社庭園 |
山の上町4-11 |
築山池泉式の書院庭園で、作庭は江戸時代初期と伝えられる。自然木を借景として取り入れており、中央に池、背後には二段式の築山が配されている。 |
| ● |
光覚寺 |
山の上町5-1 |
浄土宗の寺院。当初は越前府中にあったが前田利家の金沢入城に従って新丸の中に寺地を拝領。現在地へは天正11年(1584)に移転。敷地は山腹を巧みに取り入れ静閑な佇まい。 |
| ● |
光覚寺庭園 |
山の上町5-1 |
江戸時代中期に作庭された山畔池泉式の庭園。広々とし池が特徴的で、古い石組みが藩政時代の情趣を今に伝える。 |
| ● |
あめかい供養尊 |
山の上町5-1 光覚寺 |
光覚寺の裏山の墓地に安置されている。子どもの健やかな成長の祈願、または、幼くして亡くなった子どもの供養のために作られたと考えられる。 |
| ● |
小坂神社 |
山の上町42-1 |
創立年代は明らかでないが、古くから小坂庄の総社として仰がれてきた。中世には騒乱のため神宮寺に遷座し、寛永13年(1636)に現在地に再興された。 |
| ● |
小坂神社の樹林 |
山の上町42-1 |
卯辰山のちょうど登り口に位置し、モミジやコナラ、タブ、スギ、モミなど約8000本もの樹木が生い茂る。 |