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名 称 |
所在地
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特 徴
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石浦神社 |
本多町3-1-30 |
石浦郷7カ村の郷社。天平時代の創立といわれる。明治13年下本多町から現在地に移転。 |
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桂井未翁句碑 |
本多町3-1 |
未翁は明治元年(1868)富山県生まれ。昭和43年に石浦神社境内に建立された碑には「秋扇ひらけば雨情こまやかに」の句を刻む。 |
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県立図書館 |
本多町3-1-10 |
大正元年(1912)兼六園内に設けられた。昭和41年県社会教育センター内で再発足。藤岡作太郎、森田柿園、村松標左衛門などの郷土学者らの旧蔵書を所蔵する。 |
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旧中村邸 |
本多町3-2-30 |
昭和初期に建築される。材料の大半に檜を使い、1階、2階ともに階高が高く、太い柱を用いている。簡素で素朴なデザインである。 |
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梅庵 |
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本多公園内。八畳本勝手、三畳中板向炉。広間梅庵は谷村庄平の監修になり、天井の格調は裏千家の寒雲亭の様式を取り入れている |
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金沢市立中村記念美術館 |
本多町3-2-29 |
故中村栄俊氏が、所蔵美術品と建物を提供し、昭和40年開館。50年には金沢市に寄贈される。茶道具を中心に所蔵している。 |
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城南荘 |
広坂1-8-19 |
県指定文化財。明治中期、加賀藩重臣であった横山家が建てた邸宅の私的居住部分である。藩政期以来の伝統に明治の新感覚を加えた旧藩の御用職人が作事した最後の建造物と言われる。 |
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ふるさと偉人館 |
下本多町6番丁18-4 |
郷土にゆかりの深い偉人の人物像や業績をはじめ、偉人が生まれ、はぐくまれた金沢の自然・歴史などの背景を紹介する公共施設。 |
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拾玉軒 |
下本多町6-41 |
下本多町にある加賀宗和流の重鎮、金野宗宏氏の屋敷の中にある茶室。奥まった8畳の座敷には本勝手の炉。次の6畳間には丸炉が切ってあり、吊り釜がかかる。 |
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旧本多家長屋門 |
本多町3-2-1 |
中屋敷に隣接した本多内記の長屋門を明治初期に移築したものと伝えられ、主要部分が残されている。これに連なった土塀は、かつて50間(約90メートル)あまりもあったという。 |
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松風閣 |
本多町3-2-1 |
定型屋根書院造。12代藩主、前田斉広の七女寿々姫が、9代政和に嫁いだ天保5年の建造といわれる。 |
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松風閣庭園 |
本多町3-2-1 |
17世紀初頭ころは「霞ヶ野」と呼ばれていた。1畳はある要石の前に広がる「霞ヶ池」は古沼を生かしたもので、船遊びのできる広さがある。 |
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しちがつ庵と高台荘 |
本多町3-2-1 |
松風閣庭園内。六畳本勝手(しちがつ庵)、12畳書院付(高台荘)。松風閣庭園の南、土蔵のかたわらにひっそりと建つのがしちがつ庵であり、高台荘は水亭風な趣を見せる。 |
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新邸 |
本多町3-10-23 |
加賀八家・本多家の陪臣屋敷である。問越しに望まれる低く緩やかな勾配の、妻入り屋根の姿は、現在貴重なものである。 |
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寺垣邸 |
本多町3-8-32 |
本多家の陪臣屋敷である。瓦に葺き替えた際に屋根は相当高くなっているが、妻面の白漆喰壁と束・貫組の黒いコントラストが、武家の意匠を伝えている。 |
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鈴木大拙(生誕地)翁碑 |
本多町3-8 |
仏教思想家鈴木大拙をしのんで、昭和42年に生誕地の本多町に建立された。自然石に「鈴木大拙先生生誕地」の文字がある。 |
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大乗寺坂 |
本多町 |
本多町から小立野へと上る坂。藩政前期の慶長から元禄の間、坂下に曹洞宗の古寺、大乗寺があったので、この名で呼ばれる。 |
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石亭 |
広坂1-9-23 |
庭園が望める情緒あふれる料理屋。柔らかな能登牛を使ったしゃぶしゃぶや現代感覚を取り入れた加賀料理が評判。 |
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はざま |
下本多町6-6-1 |
低料金で贅沢な和風パーティをお望みの方におすすめ。看板メニューは、さっぱり仕立てのステーキ会席。 |
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エルフ金沢 |
下本多町6番丁11 |
北陸電力の入る金沢電気ビル内。快適な電化生活を提案するコーナーのほか、喫茶店も構え、ランの花を展示するなどくつろぎの空間を提供している。 |