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本多町パビリオン>
鱗町から猿丸神社

 勘太郎川沿いは複雑な地形。菊川あたりは古い足軽屋敷が残る。

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地図地図
みどころ 店舗・飲食店
  名 称
所在地
特 徴
勘太郎川   川の源は笠舞にある「大清水」。本多町と幸町との境を流れ、思案橋のかかる川である。
二十人坂 石引 石引2丁目の南西向きの坂。坂の一部は陸橋となっており、その下を勘太郎川や生活道路が通り抜け、入りくんだ地形となっている。
本行寺 本多町2-9-34 元和3年(1617)京都寂光寺の二代本行院日海が創立。久遠山と号し、日蓮宗に属する。
本行寺の樹林 本多町2-9-34 本多の森の末端にあり、ヤマモミジ、ケヤキ、エノキ、タブノキなど、672本で構成され、その大部分は本堂後の傾斜にまとまっており、大地の保護にも役立っている。
本因坊算砂の碑 本多町2-9-34本行寺内 本行寺を創立した日海は棋聖本因坊で、江戸にいた時、本多政長の帰依を受け金沢へ移住した。
県幸町庁舎 幸町12-1 光沢あるグレーのタイルとガラスサッシュの壁面が美しく、平成6年の金沢都市美文化賞を受賞している。
慶覚寺 幸町10-6 真宗大谷派の寺院。文明年間(1469〜87)慶覚の創建という。もと米泉村にあった。慶覚は一向一揆(長享の一揆)の指導者洲崎和泉入道慶覚。寛永3年(1626)現在地に移転した。
慶覚寺のクロマツ 幸町10-6 慶覚寺本堂後の墓地横に、樹高16メートルのクロマツがそびえ立つ。
宝幢寺 幸町8-13 もとは越前府中にあったが、2代藩主前田利長の招きで金沢に移転する。寺蔵の木彫十一面観音立像は藤原期の作といわれる。真言宗寺院。
小金地蔵尊 菊川2-3-8 法然寺 藩政時代、小金という娘が、継母に殺されたお銀という異母姉のあとを追って、井戸に身を投げたことに由来して作られた。
覚源寺 菊川2-8-18 慶安3年(1650)年蓮社専誉的伝が創立した。山号を法性山と称し、浄土宗に属する寺。明治17年現在の場所に移った。


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